南溟寺

戦国時代には真鍋氏が居城した「真鍋城」で、文禄4年(1595)に真宗大谷派の寺院、長泉寺となった。延宝6年(1678)年に南溟寺の寺号を与えられた。江戸時代には、伯太藩主渡辺家の菩提寺でもあり、累代の墓碑(ふるさと文化遺産)や位碑(市指定文化財)が残されている。この南溟寺を中心として、周辺には緑照寺・強縁寺などの寺院が多く存在し、寺内町として発展した。境内には旧戎小学校跡地の石碑がある。